高山寺 遺香庵
鳥獣人物戯画で有名な、京都高山寺。
ここは日本で最初にお茶を栽培したところでもあり、今でも10キログラムのお茶が採れるそうである。
寺の際、山の中腹の平らなところに小さな茶畑があった。
茶は香りがよい。
だからここの茶室を遺香庵と名付けたそうである。
遺香庵は昭和6年、この寺を再興した明恵上人の700年遠忌のとき、財界人103名の寄進により建てられた。
この露地庭園は、7代目小川治兵衛という作庭家が造った。
彼は当代一の名工でここを造って2年後に他界する。
場所がせまく、切り立った所に建っているので、工夫せざるを得ない。
待合いは、茶室を見下ろすような形で高台にあり、なかに10名ほどが掛けられる腰掛けと小振りな鐘が吊してある。
この梵鐘には寄進をした103名の名が刻んである。
三井財閥や、堂本印象の名も見える。
もともとが寺であるので、随所にその跡が見える。
この梵鐘もそうであり、待合いに鐘があるのを私は他所では見たことがない。
当時の名だたる金持ちが集まって造ったものにしては、粗末なものに見えた。
まあ茶室であるから、ひなびた方が趣は出るというものだ。
たしかに材木などは、こった作りになっている。
これが良いか悪いかは私には分からない。
どちらかというと私は奇をてらったものはあまり好きでないのだ。
貧者の一灯のくちである。
この庭園を修復し、その記念としてこの秋一般公開されたのだ。
2つある茶室の大きい方は学生の部活などで一般使用し、小さい方はいつもは公開していないそうだ。
鳥獣画は、コピーではあるが、以前ここで見たが、茶室を見るのは今回が初めてであった。
ここは日本で最初にお茶を栽培したところでもあり、今でも10キログラムのお茶が採れるそうである。
寺の際、山の中腹の平らなところに小さな茶畑があった。
茶は香りがよい。
だからここの茶室を遺香庵と名付けたそうである。
遺香庵は昭和6年、この寺を再興した明恵上人の700年遠忌のとき、財界人103名の寄進により建てられた。
この露地庭園は、7代目小川治兵衛という作庭家が造った。
彼は当代一の名工でここを造って2年後に他界する。
場所がせまく、切り立った所に建っているので、工夫せざるを得ない。
待合いは、茶室を見下ろすような形で高台にあり、なかに10名ほどが掛けられる腰掛けと小振りな鐘が吊してある。
この梵鐘には寄進をした103名の名が刻んである。
三井財閥や、堂本印象の名も見える。
もともとが寺であるので、随所にその跡が見える。
この梵鐘もそうであり、待合いに鐘があるのを私は他所では見たことがない。
当時の名だたる金持ちが集まって造ったものにしては、粗末なものに見えた。
まあ茶室であるから、ひなびた方が趣は出るというものだ。
たしかに材木などは、こった作りになっている。
これが良いか悪いかは私には分からない。
どちらかというと私は奇をてらったものはあまり好きでないのだ。
貧者の一灯のくちである。
この庭園を修復し、その記念としてこの秋一般公開されたのだ。
2つある茶室の大きい方は学生の部活などで一般使用し、小さい方はいつもは公開していないそうだ。
鳥獣画は、コピーではあるが、以前ここで見たが、茶室を見るのは今回が初めてであった。
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